奇跡と肩を並べられるものがあると知った日

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今日も「アルゼンチンに行こうと思った理由」シリーズの第4弾です。
#いつの間にかシリーズ化
#求められてないのにシリーズ化

タイプの異なる「天才」

今読んでいる空想教室という本の中に、「板金屋のおっちゃんから、“この世にあるものは全部、誰かが作り方を覚えて、作ったもの。だから作り方さえ分かれば、誰でも、どんなものでも作ることができるんだよ”」と言われ、それを信じていたらいつの間にかロケットを作れるようになったという話があります。

この部分を読んで思い出したことがありました。

昔テニス時代の恩師に、

テニスというのは、突き詰めて考えていけば奇跡的なことは何一つ起こらない。

と言われたことがあり、それ以来パデルに移ってきてからも私はこの言葉を信じて現在に至ります。

安易にセンスとかメンタルといった言葉に逃げるのが嫌いな理由はこの言葉の影響もあります。

似たような言葉にイチローの以下の言葉があります。

「僕は天才ではありません。なぜかというと自分がどうしてヒットを打てるかを説明できるからです」

これは裏を返せば「天才は説明出来なくてもヒットを打てる」ということでもあります。

ちょっと話は逸れますが、ウィンブルドンタイトルを9つ持つマルチナ・ナブラチロワはテニスを始めたばかりの小さい頃の記憶として、「自分は簡単にボールを打てるのに、周りの子たちが空振りしたり難しそうにしている光景が不思議だった」と言っていますし、サッカーの元スペイン代表アンドレス・イニエスタも、「どうしてあのようなプレーが出来るのか」と問われたとき、「自分でも説明しづらいがピッチ上では余裕がないので考えてはいない。身体が勝手に動いてくれる感じだ」と言っています。(※補足として、試合前に相手のプレーを分析することや練習を重ねることは必要というのも当然言っています)

「自分ではよく分からないけど軽く打ったらサービスエースになっちゃう」
「説明できないけど打つと必ずレマテポルトレスになっちゃう」

こういった人を天才と呼ぶのだと思います。

指導者の仕事

私自身は悲しいかなテニスの天才としてこの世に生まれなかったので、一応人並みには努力を重ねましたがその“方向性”を間違えたため、テニスが上手になることはありませんでした。

その苦い(とさらっと言うには苦過ぎるけど)経験を踏まえ、パデルでは最初から考えに考えましたし、今でも考えています。

ましてや私は指導者という立場でもあるので、「なぜ上手にプレーできるのか」を人に説明できなければいけません。

教えている選手たちに「あとは奇跡的なことが起こるのを待とう!」なんて間違っても言えませんw(これが許されるのなら国民総パデルコーチ化計画が可能になりますw)

奇跡的なことが起こらなくても良いプレーをするには?
(私と同様)才能を持ち合わせず生まれてきた普通の人が上手にレボテを打つには?
そのような選手が世界を舞台に戦うには?

パデルに関する知見をもっともっと広めたいというのが今回アルゼンチンに行く理由の一つです。

引き続きご支援やプロジェクトのシェアなどよろしくお願いします。

世界一のパデルプレーヤーを輩出したい!今度は指導者として世界に挑戦!

【追伸】
当アカデミーではレッスンや選手クラス以外にも、

トーナメント帯同(ベンチコーチ)
コーチング・パデル顧問
出張レッスン
パデルカルテ作成
指導者養成講座

を提供しています。
詳しくは当アカデミーのHPをご覧ください。
》JAPAN PADEL ACADEMY

マッサージガンを探している方、リカバリーに興味がある方はこちらの記事が参考になるかと思います。

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