上手になること(勝つこと)が怖い

心構え
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最近「アクセルとブレーキを同時に踏んでる人」をよく見かけます。
アクセルとブレーキを同時に踏んじゃう人ってどんな心理状態なんだろう、が今日の出発点です。

普段様々なレベルの方を指導していますが、言動を見ていても「前に進みたいのか進みたくないのか」がいまいち分からない。
助けてあげたいけど手を振り払われる、そんな感覚になるときがあります。

正論振りかざす感じになって身も蓋もない感じになるかもしれませんが、やはり個人的にはとても不思議な光景に映るのでちょっと考えてみたいと思います。

どっちやねん

今となっては面影もありませんが、若かりし頃はこれでも女友達の恋愛相談に乗ることもありました。
#あんまりなかったけど

いくつかパターンがあった気もしますが、よく聞いたような気がするのが話の冒頭「最低!あんな奴もう絶対別れてやる!」だったのが、話が中盤から終盤に差し掛かると最初の勢いはどこへやらだいぶトーンダウンしていくパターンをよく見かけました。

私が「じゃあ別れちゃえば?」と言うと、「え〜でもな〜」と言いながら別れない理由を話し始めるパターンが最も多かったように思います。
「どっちやねん!」の極致のような話で、嫌なら別れればいいし、そこまで嫌じゃないなら別れなければいいだけの話で、何をそんなに悩んでいるんだろうと当時は結構真剣に不思議に感じていました。

この矛盾はコート上でも見かけます。

現実と目標のギャップ

これはテニスの頃から現在に至るまで感じていることですが、言葉では上達にコミットしているように感じるのに、その人の行動や決断を見る限りそれを感じ取れないという人が一定数います。

超分かりやすい一例を挙げます。

Aさん「(上達するには)週1回の練習だけだと練習量が足りないと思うんです」
私「そうですね。もう少し練習量増やしたらいいんじゃないですか?」
Aさん「でも仕事やらなんやらが忙しくて」

Bさん「ボレーがなかなか上手にならなくて」
私「○○を意識してボレーしましょう」
Bさん「○○意識すると上手く打てないのでこのままでもいいですか」

もしかしたら思い当たる節がある人もいるかもしれません。
もちろんAさんの場合本当に忙しいということもあるでしょうし、Bさんの場合も元々そんなに悪くないのかもしれません。

だとするとこの場合の問題は「そもそもの目標設定が高過ぎる」です。

「仕事が忙しくて練習は週1回しかできないけど公式戦で優勝したい」
「今のままの技術で一度も勝ったことのない相手に勝てるようになりたい」

これ、「毎日通勤で車運転してるからF1ドライバーになりたい」と言っているのと同じです。
#同じか?

「仕事が忙しくて練習は週1回しかできないけど、週末プレーするいつものメンバーには勝ちたい」

なら、現状と目標(の高さ)が妥当です。

変わっちゃったね

私から見てその方の目標も妥当、上達意欲もある、そして現状を打破するための手段(アドバイス)もありそうだと感じた人がいたとします。

その上でこんな方法はどうですか、こんな打ち方はどうですか、こんなプレーの仕方はどうですか、と提案したとき、意外なことにその提案に最初から否定的だったり、半分ヤケクソな感じでトライする人がいたりします。
#ほんとにいるんだよ
#どんな感情でそこに居ればいいんだろう

もちろん私がそこまで信頼されていない可能性もありますが、であれば相談する人を間違えています。
自分が信頼できる人に相談するべきです。

なのでここでは私が信頼されているという前提で話を進めます。

こうなってくるとその人が「ブレーキを踏む理由」として何が残っているでしょうか。

私は「上達することへの恐れ」もしくは「上達しなかったことへの恐れ」があると思っています。
#もしくはホントのホントのところはそこまで上手になりたいと思ってはいないか
#このウソをつかれてしまうとどうしようもない
#でも実際問題このウソをついちゃう人一定数います
#この場合はコーチじゃなくてカウンセラーが必要

上達しなかったことへの恐れに関してはまた別の機会に書きたいと思います。

「上達することへの恐れ」、これにはよく言われる現状維持バイアスとかホメオスタシス(生体恒常性)が関係しているのだと思います。

簡単に言うと心身共に一定(現状)の状態を保とうとする働きのことで、これがないと人間はリスクを犯す人しかいなくて早々に絶滅していた可能性もありますから必要な機能だと思います。

先ほどの「恐れ」は、「周囲の目」と関係しているのではないかというのが現時点での私の考えです。

「変わっちゃったね」という言葉にはどんな印象がありますか。

良い意味にも悪い意味にも捉えることが出来ますが、ネガティブな意味で捉える人のほうが多い印象があります。

何が言いたいかというと、上手にな(っちゃっ)ても、変わっちゃったねと言われる可能性があるということです。

学生時代に目を向けると、テスト期間中友人と交わす会話第1位は「お前勉強してきた?」「全然してない」ですが(決めつけるな)、いつも遊んでいた友達が急に良い点数取り出したときのさみしさは今でも覚えています。

あのとき色々な感情が相まって「あいつ、変わったなー」と言ったような気がします。
#言ってないかもしれません

こんな私でも一度だけ逆の立場を味わったことがあります。

20代中盤でテニスの勉強を真剣に始めたとき、「庄ちゃんがテニスの勉強なんかしてる、ヤバい!」とか、図書館でテニスの本を探しているときに友達から電話がかかってきて図書館にいることを伝えると、「マジでヤバいって!どうしちゃったんだよ!」と言われたのは今でも鮮明に記憶にあります。
#俺ってそんなに勉強しなさそうなキャラだったのね

何を恐れているのか明確にしよう

このとき「(その友人との関係において)何かが変わった感覚」があったことも覚えています。
友達はそのとき「あー“向こう側”に行っちゃったー」と思ったと思います。

それに一抹の寂しさを覚えましたが、それよりも今したいこと(テニスの勉強)や、それを積み重ねた後に待っていることのほうを優先しました。

おそらくこのときに“友”が変わったのだと思います。

自分でアクセルとブレーキを同時に踏んでる感覚がある人は、一度「その手にしたいものは今の居心地の良い状態を失ってでも手にしたいものなのかどうか」を一度自問自答してみることをおすすめします。

それでも手にしたいものなのであればそれはもうKYでそれに突き進んでほしいです。
#古っ

ではまた。

↓普段私が使用しているインソール↓

このカーボンインソールを使用させていただいてから今年で5年目になりますが、日を追うごとに安心感が増しています。

他社のインソールからBMZさんのインソールに変えた直後は少し「物足りない」と感じるかもしれませんが、次第に安心感に変わるので是非一度試していただければと思います。(※物足りないと感じるのはBMZさんのインソールが土踏まずをサポートすることを第一に考えていないからです)

簡単に説明すると、足(裏)を正常に機能させるには足のドームが作られていることが重要で、そのためには3つのアーチ(横アーチ・内側縦アーチ・外側縦アーチ)がつながっている必要があって、立方骨を支えるとイイ感じになるそうです。
#最後が雑

よくある「土踏まずのサポート」がメインのインソールだと、内側アーチのみが作られ、それだと「安定はするけど動きにくい」となり、BMZさんのインソールを使うとこの「安定性と運動性」の両方を得ることができます。詳しくはこちら→BMZ

↓サンダルもあります↓

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