チャンピオンとは

心構え

最近パデルに関する相談をよく受けます。

悩みは千差万別、と言いたいところですがこれはある程度大別できます。

》パデルとの向き合い方が分からなくなった(なんでパデルしてるのか分からなくなった)

》(人生でパデルが出来る)時間が短いけど上達はしたい

》短期間で上達したい(短期間で上達出来ないならやらない)

》どうせやるなら上達したい(でも周りの人みたいに週3,4回も出来ない)

》楽しくやってるだけじゃダメな雰囲気があるけど、楽しくやってちゃダメなんですか?

》人(コーチもしくは上級者)によってアドバイスが違うから困惑する

》真剣にやりたい(強くなりたい)けど今の練習時間(週1回)ではたかが知れている

》(ちょうどいい)ペアがいない・ペアのせいで負ける

これらの悩みはテニスでも似たような相談を受けることが多かった記憶があります。

細かいのを挙げたらキリがないですが、大なり小なり大体この中のどれかに関連している悩みがほとんどかと思います。

ただ、「上達したい」「勝ちたい」というような相談が多いのは、もしかしたら私特有かもしれません。

テニスの頃からレベルはどうあれ選手や生徒さんの「上達」のサポートをしたいと思ってコートに立っているので、どうしてもそういった相談を受けることが多くなります。

なので読者の方の中にはまったくピンと来てない方もいらっしゃると思いますが、そういう世界もあるんだーくらいに読み進めてもらえたらと思います。

(※この冒頭部分と最後のまとめは2022年11月に加筆しましたが、それ以外は6年前に書いたものです。6年前も今も多くのパデル愛好家の悩みは変わっていないんだなと思ったのが今回この記事を投稿しようと思ったきっかけです)

パデルをしている方に私がどう映っているか分かりませんが、私も結構必死なことは今回の記事を読んでいただけたらお分かりいただけると思います。(こういったことを言わないのがカッコいいのは分かっているのですが、つい言いたくなってしまうのが私のダサいところですw)

スポーツと努力

仕事や勉強を避け続けてきた人生を歩んでいる私にはよく分からないのですが笑、仕事や勉強では効率や合理性が重視されると聞きます。

もちろんスポーツでも求められることではありますが、努力した量に対して結果が比例しやすいのは、スポーツより仕事や勉強のほうなのではないでしょうか。(仕事や勉強を真剣にやったことがないので間違っていたらすみません)

また学生の勉強や会社員の仕事と比べ、それにかけられる時間に限りがあるスポーツ(選手)のほうがこういったことはより真剣に考える必要があるとも言えます。

より「無駄な努力」をしないで済むようにしなければいけません。

とはいえこれが行き過ぎると努力するのがイヤ(怖く)になったり、何がいちばん効率が良いか考え過ぎて行動出来なくなったりします。

結果が出なかったときのことを考えて、自分の時間やエネルギーを練習に充てがうのを躊躇してしまう。

ここから抜け出せない人がいるとしたら、この選択をすること自体が自分を守ることにもなっているからだと思います。

アフター5(古っ)に飲みに行くことも我慢して練習、週末はよほどの予定がない限り練習、という選択をしたにもかかわらず、試合では予選一回戦敗退では格好がつかないと思ってしまうからです。

普段から飲み歩いて、練習は本当に暇なときだけ。

それで本戦入りするほうが漫画の主人公みたいでカッコいいように思えてしまいます。

プロセスのある85点、プロセスのない80点

かなり前置きが長くなりましたが、今回は「努力と結果」について考えてみます。

仕事もスポーツも勉強も「最小の努力で最大の結果」を上げるのが理想です。

逆に「最大の努力で最小の結果」はなるべく避けたい。

私だけかもしれませんが、「最小の努力で最大の結果」を上げたと他人に思われたい。

実際は「最大の努力で最大の結果」を得たとしても、他人にはそう思われたくない。

学生の頃、勉強していない(風を装っているのかもしれませんが)のに良い点数を取る人が必ず一人はいました。

「お前勉強した?」と聞いたあと、「まあ多少はねー」と答える人はいたものの、「もちろん超勉強してきたよ」と答える人は記憶にありません。

これで高得点取っても周りからは「そりゃそうでしょ」と思われるだけですから、あまりギャップが生まれずチヤホヤされずじまいの可能性が高い。

極論ですが「たくさんやってるから上手い人」は良しとされず、「本当に全然やっていないのに上手い人」と、「本当はたくさんやっているから上手いんだけど、周りには“全然やってないのに上手い人”と思われてる人」だけが認められるかのような風潮があるような気もしたりします。

例えばテストで「猛勉強した人の85点」と、「まったく勉強しなかった人の80点」では、もしかすると85点の人が「あんなに勉強したのに?」「勉強の仕方悪かったんじゃないの?」と言われる可能性あります。

この風潮はスポーツでもよくあります。

というより、勉強よりスポーツのほうが努力と結果が結び付きにくいため、スポーツ界ではこういった声をよく聞きます。

「やり過ぎやり過ぎ。やりゃあいいってもんじゃないんだから」
「何をそんなに根詰めてやってるわけ?プロになるわけでもあるまいし」

という言葉や、一生懸命やっている人を揶揄するような言い方をする人も中にはいます。

残念ながら努力してる人に対してこういった発言をする人は少なからずいるというのが現実です。

チャンピオンを目指すとはどういうことか

私も若い頃似たような経験がありますが、これを言われたとき正直とても葛藤したのを覚えています。

心の中に様々な感情が生まれました。

確かにと思うこともあれば、意固地になってより練習してしまうこともありました。

でもあるときから、

残念だけどどうやら自分は努力しなくても上手にプレー出来るタイプではなさそうだ。
ということは練習しないでこれ以上上手くなることは不可能だな。
練習したからといってこの先今より上手くなるとは限らないけど、練習しないと上手くなれないのはこれまでの経験で分かったのだから、結局は練習するしかないな。

と素直に思うことができたタイミングがあり、それ以降自分の努力量やその結果に対して恥ずかしさを覚えなくなりました。

パデルに関することで今悩んでいるあなた。

カーネギーの言うとおり、「気にする必要もなく、忘れてもよい小事で心を乱してはならない。小事にこだわるには人生はあまりにも短い」ですよ。

まとめ

2021年に亡くなったテニスの名コーチ、ボブ・ブレット氏はチャンピオンをこう定義しています。

No.1の選手がチャンピオンなわけでもグランドスラムで優勝した人がチャンピオンなわけでもない。
自分の持っている力をすべて出し尽くした選手がチャンピオンだ。
その結果が100位であろうとその選手はチャンピオンだ。

元世界ランキング1位のテニスプレーヤー、ピート・サンプラスは引退する際、

自分の中に伸ばせる部分がもうなくなってしまった。

と言って引退しました。

私は選手としてまだ伸ばせる部分が自分の中にあると感じていますし、いつか「チャンピオン」になりたいとも思っています。

ただ一点気をつけて欲しいのは、「猛勉強したのに30点」だった場合、努力の仕方(や方向性)が間違っている可能性が高いので、30点が何度も続くようだったら自分のやり方を見直してみてください。

また、「これといった努力はしてないが才能に満ち溢れている選手」と対戦した場合、こちらの努力量に関係なくあっさり負けるということがあります。

これはスポーツの残酷な一面でもあります。

右がボブ・ブレット。左は当時の教え子のボリス・ベッカー。

テニス時代、指導していたジュニアの女の子が「テニスより努力が報われる感じがするから勉強のほうが好き」と言って、大学に入ったらテニスはやらないと話してくれた子がいました。

この子の言うとおりスポーツより勉強のほうが努力が報われる可能性は高いと思います。
じゃあなんでスポーツするのかという話はまたいつかできたらと思います。

そして数年前にこの本を読んで以来、スポーツは「自分に合っている競技・種目」を見つける努力をすることも大事なのではないかと思っています。(この前段階としてスポーツや勉強に限らず自分には何が合っているかを見つける必要があります)

「テニスよりパデルのほうが合っている」と思ったらパデルをすればいいし、パデルより将棋のほうが合っていると思ったら将棋をすればいい。

自分はこれでいく」と決めるまでは、「自分は何でいくか」を探す努力をするのも大事なことだと思います。

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