質より量が大事な時期っていつ?

パデル脳

スポーツを競技として取り組む際、練習の質と量どちらを重視したほうがいいのかという論争がよく巻き起こる。

これはスポーツに限らず仕事でも料理でも何かを学ぶ際は同じことが言えるように思う。

最初のうちは間違いなく「量」が大事である。

パデルは日本に上陸してまだ3年。

過去にスペインに暮らしていてパデル歴はもう何年もあるという方は別だが、日本で現在パデルをしているほとんどの人はまだまだ「量」が必要な時期である。

いわゆる「身体に覚えさせる」ということが必要な時期なのであるが、この時期でも多少の質は必要である。(練習における質についてはまたいつか書きたい)

「最初のうちは量だよ、量。そんな最初っから考えてばっかいたって上手くなるわけないじゃん、練習練習。」

これからスポーツを始める人に一般の素人がこう言うのはまだ分かるが、ときどき指導者がこういったセリフを吐く場面に遭遇するときがあり、とても驚いてしまう。

こう言われてしまった人は文字通り「頭の中が空っぽ」の状態で練習に練習を重ねてしまう危険性がある。

もちろんある程度まではこれでも上達するが(といっても本当にある程度までだが)、すぐに頭打ちになってしまう。

ただこれでも着実に上達が見込める人もいる。

それは「見て盗む」ことが出来るタイプの人。

こういった人たちは自分のしていることが言葉に出来なくともなんとなくコツを掴んでおり、頭の中が空っぽではないからだ。

ただ残念なことにこういった人は少数派である。

仕事では上司や周りの人のやり方を見つつうまくコツを掴んでいくような人でも、いざコートに立つとそういった思考が抜け落ち、「ただ気持ち良くプレーしてしまう」人が圧倒的だ。

また今の時代、プロツアーの試合などといった「見て盗める」対象のものは山ほどあるが、これは仕事に例えるなら「新入社員が社長の立ち居振る舞いを真似る」ようなもので、現実と理想のギャップがあり過ぎる。

その新入社員の上司からしたら、「100万年早いわ」という気持ちでしょう。

新入社員であれば自分と社長の間にあるギャップを、「上司」という「質」を与えてくれる存在を使って埋めていきます。

パデルをプレーする一般の方であれば、自分とプロパデルプレーヤーとの間にあるギャップを、「指導者」という「質」を与えてくれる存在を使って埋めていく。

まとめると、まずはパデルをする量を増やし、壁にぶつかってきたなと感じたら指導者に指導を仰ぎ、その指導を元にまた量を増やしていく。

これを着実に行なっていけば、その他大勢のパデルをプレーする人の群衆の中から頭一つ抜け出すことが出来るはず。

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